12日に落車した諸橋愛選手が死去 ~JKA~

S班も務め、追い込み選手としてビッグで存在感を発揮
9月22日にJKAは、奈良競輪場で12日に行われた京都向日町競輪開設76周年記念「平安賞in奈良(G3)」の準決で落車した諸橋愛選手(新潟・79期・S1)が、死去したことを発表した。諸橋選手は最終2センター付近でアクシデントに巻き込まれて落車。その後、奈良市内の病院に緊急搬送され、治療を続けていたが、頸髄損傷による多臓器不全のため、21日に亡くなった。
97年に地元の弥彦でデビューした諸橋選手は、00年にS級に昇級すると同年7月の寬仁親王牌でG1初出場を果たした。18年にはS班を務めて、26年間、一度もA級に陥落することなくS級選手として常に第一線で活躍した。G1の決勝には17回進出。関東の追い込み選手として、神山雄一郎(栃木・61期引退)、平原康多(埼玉・87期引退)、武田豊樹(茨城・88期)らと大舞台で連係を重ねた。強固なラインを築き上げ、17年には平原とのタッグで共同通信社杯(G2)を制覇した。
40歳を超えてからも自らにハードなトレーニングを課し、そのたゆまぬ努力と経験に裏打ちされた番手での仕事ぶりは、競輪を良く知る玄人ファンをはじめ、多くの人たちを魅了した。亡くなった21日は、奇しくも諸橋選手がビッグ制覇を遂げた共同通信社杯の決勝。同地区の後輩、佐々木悠葵(群馬・115期)がビッグ初優勝でシリーズの幕を閉じた。
◆諸橋愛(もろはし・めぐむ)1977年(昭和52年)7月21日生まれ。新潟県出身。吉田商業高卒。97年4月に弥彦でデビュー。通算成績2377戦435勝。通算取得賞金額9億7018万円。主な優勝は、共同通信社杯(17年)、地元の弥彦記念3連覇などG3を8回。172㌢、75㌔。血液型O。

竹内祥郎記者
選手詳細データ
諸橋愛 選手 新潟・79期

















