不撓不屈・ボスの自転車人生

不撓不屈・ボスの自転車人生

後閑 信一 後閑 信一 ごかん しんいち 元競輪選手  平成2年4月に65期生としてデビュー。落車による大ケガや数々の困難を不撓不屈の精神で克服。第46回競輪祭、第15回寛仁親王牌、第56回オールスターとG1で3V。面倒見いい親分肌と風貌から〝ボス″と称された。平成30年1月引退。通算成績は2158戦551勝、2着311回、3着255回。

第103回 いよいよケイリンGP'97が発走!  2020年6月15日

 ケイリンGP'97前検日、愛車S600を朝からピカピカに磨いて立川競輪場へ向かいました。昨年に続いて2年連続のグランプリ出場!競輪界のベストナインも定着しました。初出場の昨年は3着でしたが、落車を避けてのものでしたので点数と賞金はある意味ラッキーでしたが、レース自体は消化不良でした。なので今回は神山雄一郎選手とワンツー!その思いしかありません。65期で同期の吉岡稔真選手とは追いつけ追い越せの気持ちで頑張って来ました。苦節5年でようやく同じステージで走れる様になりました。しかも今回は神山ー後閑の関東ライン、負ける気がしませんでした。
 立川競輪場に到着すると入り口にたくさんの競輪ファンの方が道いっぱいに選手の到着を待っていました。私の車が中々入れずにいると、気づいたファンの方に囲まれ更に競輪場に入れない状態に、、、窓を開けると何十枚の色紙にたくさんのお土産、みなさんから想い想いのプレゼントを頂きました。私は当時からどんなに時間のない時でもファンの皆様へは感謝の気持ちで対応してきましたから、全ての皆様から「頑張って」とのお言葉を頂き受け止め前検日入りをしました。
 競輪場に入るとまず選手手帳と参加通知書を持って選手管理室に受付に行き、医務室で身体検査や検車場で自転車の検査をします。次に指定練習をして脚の調子を軽く見て参加式となり、普段ならば宿舎に移るのですが、グランプリ出場者はその後に共同インタビューやバンク内での合同撮影等々、、、たくさんやることがあります。しかし走るのは3日後ですからまだ余裕があります。昨年も経験しましたが、S級シリーズで参加した選手達は翌日に備えて緊張感もあり準備をしていますが、私はこの開催だけは本番まで何とも心地よい時間だったように感じていました。それは、一年間頑張って来た事を思い出し余韻に浸れること。確かに初日、2日目と進む中で緊張感は出て来ますが、前検日の宿舎でのサウナは正にスーパー銭湯に来たようなリラックスした精神状態でした。
 そんな日もあっという間に過ぎいよいよ1年の大一番!ケイリンGP'97当日がやってきました。朝はゆっくり起きました。体の状態はバッチリでしたので指定練習はしませんでした。私の当時のルーティーンは、ウォーミングアップ前にストレッチをしながら外車の本(ウィズマン・特選外車情報・ゲンロク・ルボラン・モーターマガジン)等々を本に穴が開くほど読み「このレースで勝ったら次はどんな車を買おうかな~!と大好きな車にモチベーションを上げてもらいランニングをしてローラーに乗って、、それが私の26歳当時の流れでした。
 ウォーミングアップも終わりユニホームを受け取りに管理室へ、グランプリユニホームを見て改めて1年の締めくくりを!と気持ちが高まりました。神山雄一郎選手にレースのご挨拶をして、体にスタートオイルや冬の立川は気温も低く寒いので、暖かくなるオイルを混ぜて良く脚にすり込み準備をしました。準備は完璧、そして「第11レースに出走する選手の方は支度をして出走選手控え室におこし下さい!」と管理室から放送が入りました!私は「行ってきます!自転車お願いします!」と同県の選手に言って立ち上がると、「頑張って!」と言って送り出してくれました。競輪選手は個人事業主ですが、一人一人が勝手な行動をしたり自分の事だけを考えているだけではなくて、自分のレースが終わっても同県の選手がレースを終えたら自転車を取りに行ったり、雨のレースでは自転車を拭いてあげたりと所々に気遣いがあるのです。なので自分のレースが終わったからといってさっさと帰ってしまうのではなく、私の無事を確認して自転車を取って帰るという事を選手達はしてくれているのです。それで万が一、落車をしたときには医務室でユニホームやシューズを脱がせてあげたり、氷をアイスバッグに入れたり速やかに治療が出来る状態にしてあげます。そして検車に行って自転車の破損した部品や修理箇所を聞いて本人に伝えたりします。そこには「困った時はお互い様」の精神で、皆、落車をしてしまった時の痛みや思いが解るから自然に気を利かせあって、敵とか損得感情ではなく助け合っているのです!それが我ら競輪選手のプライドと思いやりと助け合う心なのです!なので各選手はみんなのお陰様にも支えられてレースだけに集中できているのです。そんな舞台裏を書きましたが、話は直前控え室!誰一人喋っている人はいません、、、。最年少は65期の私と同期の吉岡稔真選手の2人。先輩達の緊張感はそれは見ていて痺れました。私も負けずにオーラを出して興奮状態に!アドレナリンを出しまくります!今年最後のレースだ!ここで終わってもいい!そんな思いで顔見せに行きました。
 バンクに出ると隙間のないほど人で埋め尽くされたファンの人たちから9選手に思い思いの大声援が飛び交い、正に地鳴りのように聞こえて来ます。私はアドレナリンを出さなければ、あの地鳴りのような雰囲気には勝てないのではないかと思うくらいお客さんのパワーも感じていました。「この雰囲気を経験出来るのはほんのわずかな人間だけだ!」そう思い全てのエネルギーを集中してレース前に溜め込みました。顔見せが終わるとグランプリは発走まで発売時間が長いので正直、せっかくウォーミングアップで暖めた体が冷えてしまいそうになる事は昨年経験済みでした。なので2回目のグランプリは電気毛布や電気アンカ、羽毛のレッグウォーマー、貼るホッカイロなど防寒用品もたくさん持って行きました。選手の中には顔見せ後にユニホームを着たまま浴室に行きレーサーパンツを巻くって湯船に脚だけ入れて暖める人もいました。
 9人が思い思いの準備をしていよいよケイリンGP'97の発走です。1番車・神山雄一郎選手から一人一人名前を呼ばれてバンクに登場するシーンです。日も暮れ薄暗い中、ライトアップやドライアイスの演出も凄くボルテージは最高潮!注目を浴び頑張ってきて良かったと思える瞬間です!発走機に到着し自転車の後輪を差し込む瞬間でさえも時間が長く感じます!しっかりと一瞬一瞬を噛みしめ自転車に跨がりました。ファンファーレが鳴り審判員が規律正しく駆け足でバンクの中央に立ち行動訓練の右向け右!をして私達選手をチェックします。私は審判員のあのビシッとした行動にも緊張感を高めてもらえているのだと思います。ファンファーレが鳴り終わるとピーっと笛が鳴り「発走いたします!」のアナウンスが流れます。そして「構えて!」の号令で一斉にハンドルを握るのですが、アナウンスから号令の間に私は更に集中をします。しかしグランプリともなるともの凄い歓声ですから、整うのに少し時間がかかりました。ハンドルを握り号砲が鳴りました。ケイリンGP'97が発走しました!

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