不撓不屈・ボスの自転車人生

不撓不屈・ボスの自転車人生

後閑 信一 後閑 信一 ごかん しんいち 元競輪選手  平成2年4月に65期生としてデビュー。落車による大ケガや数々の困難を不撓不屈の精神で克服。第46回競輪祭、第15回寛仁親王牌、第56回オールスターとG1で3V。面倒見いい親分肌と風貌から〝ボス″と称された。平成30年1月引退。通算成績は2158戦551勝、2着311回、3着255回。

第50回 思い残す事なく競輪学校へ  2019年2月2日

 競輪学校入学まであと少し、次第に緊張が出てきました。インターハイや国体に行く時の様な緊張感です。当時の65期生は97人。大会で顔を知っている人は三重県・海田和裕選手や京都府・山本真矢選手、福岡県・高田誠選手くらいで、全国から知らないストレート組や大卒、社会人の人達が来ます。誰にも負けたくなく、入学までの練習は前の日まで追い込みました。そんな緊張感がありながらも、俺が一番強い!と心に秘め、毎日取り組んでいました。
 いよいよ!日本競輪学校入学です。競輪学校生徒になると10ヶ月は住民票を異動しなければなりません。生まれ育った群馬県前橋市民から、確か静岡県田方郡修善寺町大野だっけ?こんな感じの住所に住民票を移すので何だか寂しい感じもしたし、付き合っているマネージャーともお別れだと思うと彼女の事が心配になりました。そこで俺はアイツらを呼び出しました!同じ前橋育英高校自転車部の直の後輩!1つ下の須藤直道と2つ下の小林潤二。最高の後輩です。彼らを呼び「競輪学校に行っている間、俺の大事な彼女を安全に毎日自宅まで送り届け、虫が付かない様に警護を命ずる!」と訓示を述べると、2人は足を揃えて背筋を張り、「イエッサー!」といい返事!!あとは思い残す事なく競輪学校へ行くだけです。
 話は飛びますが、競輪学校から毎日電話をかけると彼女から「今日は須藤さんが…、今日はジュンジが送ってくれた」と返事がありました。競輪学校にいた10ヶ月、毎日やってくれた最高の後輩です。

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