不撓不屈・ボスの自転車人生

不撓不屈・ボスの自転車人生

後閑 信一 後閑 信一 ごかん しんいち 元競輪選手  平成2年4月に65期生としてデビュー。落車による大ケガや数々の困難を不撓不屈の精神で克服。第46回競輪祭、第15回寛仁親王牌、第56回オールスターとG1で3V。面倒見いい親分肌と風貌から〝ボス″と称された。平成30年1月引退。通算成績は2158戦551勝、2着311回、3着255回。

第53回 衝撃を受けた三宅伸選手  2019年2月22日

 入学後の数日間は校内の説明や先輩64回生の授業風景や競走訓練などを見学、登坂や3キロ、5キロサーキットも見学しました。競走訓練で衝撃を受けたのは岡山県・三宅伸選手でした。体が大きく身長は180センチを超え、男として理想体型!そしてレースが豪快。後方から一気に叩き、後続を突き放しての1着!正に一目惚れです。それ以来、データなどで俺の目標とする選手は三宅伸選手と書いたくらい憧れとなりました。でも高校生の時、インハイや国体で見た事がありません。小嶋敬二選手や有坂直樹選手や鈴木健選手は知っていましたが、三宅伸選手は知りませんでした。なんと適性試験の選手だったのです。自転車やってないのにあんなに強い人がいるという驚きと同時に、65回生にもそんな人がいるかもしれないと、更に気を引き締めました。
 俺の生徒番号は57番でした。ジャージ、キャップ、シューズなど、持ち物全てに57番を書きまくりました。入学後、最初はみんな各県で集まり、食堂でもその仲間と一緒に食べました。当時の競輪学校はストレート組の【奇数期】と浪人組の【偶数期】に分かれていて、当時は奇数期の方が強いと捉えられていました。俺達奇数期のカラーはオレンジ色(ジャージ、ナップサック、スリッパ等)、先輩の偶数期はグリーン色で色分けされていました。やはり奇数期のオレンジはステイタスありましたね!その影響もあるのか?64回生は凄く65回生に厳しく怖い先輩達が多かった様に感じます。次号は厳しかった64回生を暴露しちゃいます。

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