グランドスラマーが地元記念を初制覇
「連日、ファンの方々の熱い声援が高まっていくのが体感できた。やっぱり地元は緊張するけど、力になるなって思いました。日に日に気持ちが入って、優勝戦に挑むことができたのは地元ならではでした」
一昨年10月にG1全冠制覇を遂げた新田祐大だが、地元でのグレードレース優勝はこれが初めて。史上4人目となるグランドスラマーも、いつもにも増した優勝の味をかみ締めて、表彰式でファンと分かち合った。
「(決勝に勝ち上がれたのは)先輩、後輩のおかげです。(地元の)記念は意外と走ってなくて、決勝に乗ったのも初めて。(佐藤)慎太郎さんも優勝をしたことがないってファンの方々も言っていた」
重みのある地元記念。新田は、シリーズ初日から決勝までの4走続けての番手だった。新山響平、伊東翔貴、高橋晋也、同地区の後輩が敢然と風を切って新田にお膳立てをした。決勝もいつも通りの前受けとならなかったが、新山が打鐘で主導権を奪って先行策。佐藤が後ろを固めて、別線の反撃にラインで力を合わせて備えた。
「(周回中の位置取りは)どこでもっていう感じでした。(別線の)みんなが(スタートを)取りにいくなら、(新山は)後ろからいってみたいっていう感じでした。それで後ろからになりました。(初日から)みんないい走りをしてくれて、連日(番手で)体感させてもらって学ばせてもらった。それで(決勝は)この位置かなっていうところで(山田)庸平君が踏み込んできたので、自分も踏ませてもらいました」
4番手をキープした山田庸平が、最終2コーナーから抜群の加速でまくり上げる。しかしながら、新田もそれを上回るダッシュで合わせて、3コーナーに突入した。直線を先頭で迎えた新田は、後続に詰め寄らせることなく1車身半の差をつけてゴールを駆け抜けた。
「新山君も強くて、慎太郎さんも固めてくれたので、ゴール線まで踏み込むことができた」
地元記念Vを携えて2月9日からは、24年のG1第一弾、岐阜での全日本選抜に挑む。
「(自分がラインの先頭で戦う時には)どうやって気持ちを高めてもらっていたのか、あらためて感じることができました。若い人たちが出てきて、今度は自分が援護できる立場にならないと。まだまだ、力の部分であったり、戦術の部分であったり、不足しているけど。いまできることをしっかりとやって、(全日本選抜には)万全でいきたい」
誰もが認めるポテンシャルと実績。これから北日本の精神的な支柱となり、若手を引きあげて“北日本王国”を再興していく。
8番手に置かれた嘉永泰斗が最終ホームから反撃。窓場千加頼が6番手から合わせてまくる。新田、山田に合わされながらも、外併走をこらえて直線で伸びた窓場が2着。窓場にとっては大きな収穫だっただろう。
「初手で前が取れたのは、大きかったです。気持ちを入れて走れて、結果もついてきた。ただ、(山田にすくわれて結果的に6番手になったのは)もったいなかった。優勝するなら山田さんにすくわれたらダメですね。ああなったからには、嘉永君が来たと同時に仕掛けていかないとって思って踏みました」
赤板1センターで内を進出した山田庸平は、北日本勢を受けて4番手を確保。2段駆けも覚悟の上で、北日本勢に襲い掛かった。
「(周回中は)一番、考えてない並びになった。あれで(嘉永)泰斗が先切りすれば、その上を叩きたかった。そしたら(窓場が)突っ張ったんで内に行った。そのあとは余裕もあったんで、泰斗より先にかぶる前に行きました。(新田の)番手まくりはわかってたんで、力勝負でどこまでいけるかでした」