河端朋之選手 プロフィール

河端朋之選手の基本情報

ycm
  • 指数

    87
  • パワー
    ランク

    8
  • カワバタトモユキ 河端 朋之

    登録地 岡山

    年齢 39歳

  • 期別 95期

    登録番号 014484

    戦法 捲逃

    調子

  • 今期級班 S級1班

    前期級班 S級1班

    次期級班 S級1班

  • 直近4カ月得点 107.45

    今期得点 107.69

    前期得点 108.85

  • 練習地 玉野

    生年月日 1985年2月7日

能力値チャートS級

204060801000機動力ダッシュ差し脚デンジャー実績ポテンシャル
ポテン79実績23デンジャ23差し脚27ダッシュ91機動力65

戦法タイプ

先行タイプダッシュタイプ追込タイプ204060801000
先行タイプ47ダッシュT71追込タイプ5

河端 朋之選手 スポット・インタビュー

それぞれの目標に向けて

河端 朋之

河端 朋之

 豊富な競技実績を引っ提げて、昨年6月からピスト6に参戦。2度目となったサードクォーター ラウンド2のタイムトライアルでは10秒009をマークしてピスト6最速タイムを叩き出した。
 「(ピスト6の)最速タイムを持っているけど順位はあまり意識していない。こないだは太田海也君が(インドネシアのネーションズカップで)9秒612を出していたし、ピスト6では一番でも世界選だと上位のタイムではない。年齢的にさらに進化するというのは難しいかもしれないけど、常にタイムを重視して自己ベスト更新を目指している」
 圧倒的なスピードを誇る河端朋之だが、ピスト6ではいまだ優勝がない。これまで4度の表彰台入りを果たすも、あと一歩のところで優勝を逃している。
 「自分が思っていたよりレベルが高いし、周りのタイムも上がってきている。前回(フォースクォーター ファイナルラウンド)の決勝はとらえ切れる感触はあった。不利があって勝てなかったけど、それは根田(空史)君の後ろを取れなかった自分の責任。これからは長い距離を踏むことも考えて走りたい。優勝するには仕掛ける勇気が重要だと思う」
 競輪ではダッシュを生かした後方からの巻き返しを武器にしていたが、2月の玉野では初日予選、準決と位置にこだわる新たな一面も見せた。
 「以前に比べて脚力が落ちてきている実感がある。今までみたいに一辺倒のレースで後方から一気に前団をとらえるということも難しくなってきた。これからは引けないところは引かずに、位置を取ることも考えている。それでもまだヨコが強い選手を相手にはそうゆうレースは難しいし、状況に応じて走りたい」
 レースの幅を広げて弱点克服を図り、目指すは初の記念制覇だ。
 「練習メニューは基本的にナショナルチームでやっていたスピード練習がメイン。自分が課題にしている後半のタレを補うためにも、それにプラスして長めの距離を踏む練習も取り入れている。昨年(5月)に青森のG3は取ったけど、G1の裏開催だったし記念を取りたい。今はそれが目標で、そのためにも1つ1つのレースで頑張るしかない」
 近況は成績も良化し「腰の状態も良くなってきたし、80から85%ぐらいの状態にはある」と完全復調まであと一歩。本来の走りが戻れば競輪では記念V、ピスト6では前人未到の9秒台到達とそれぞれの目標達成も難しくはない。

2023年3月5日 更新

自転車に乗れているだけでも

河端 朋之

河端 朋之

 18年、オランダで行われた世界選では、ケイリン種目で銀メダルを獲得した。同種目での日本勢のメダルは実に25年ぶりだった。リニューアルされた、地元での玉野記念。ともにナショナルチームをけん引してきた河端朋之と脇本雄太の対決に注目が集まっていいはずだったが、河端は怪我に苦しんでいた。
 「ナショナルチームを辞める(去年の)7月くらいですね。腰がピキッとなって、そこからダマしダマしです。(10月の)福井(2日目以降を欠場)で無理して走ったら、立てなくなった。その時にヘルニアってわかりました」
 10月の福井から長期の戦線離脱。今年の2月におよそ4カ月ぶりの復帰を果たしたが、完調といえる状態ではなかった。復帰場所の高知7着、続く小倉7着と大きい数字が並んだ。
 「まだまだ脚に力が入らないし、正直、2、3割で走っている感じです」
 地元記念の一次予選はまくった皿屋豊ラインをワンテンポ遅れて追いかけて、流れ込みの3着。本来の豪快なスパートは、影をひそめた。
 「いつもだったら(最終)ホームで仕掛けて、風を切りに行ってた。そこで行けない時点で良くない。腰の怖さもあるし、練習での出力を見る限り戻ってない」
 世界基準の脚とスピード感覚。頭では覚えていても、脚がついてこないもどかしさは、河端自身が誰よりも身に染みている。
 「まだまだ(脇本の)足元にも及ばないだろうし、(初日の走りを考えると)気持ち良く自力とは言えないですけど…」
 二次予選は最終バックで8番手。かつてのチームメート、脇本のスピードに圧倒された。
 「(去年の)10月くらいが一番酷かった。歩くのもキツいし、なにをしててもキツかった。その時期を考えると自転車に乗れているだけでも幸せです。最初はつま先で立つこともできなかった。それがこうやってレースに来られているだけでもっていうのはあります。ただ、脚的には点数通りですね。スピードをもらったらある程度行けるけど、そこから自分で立ち上げる脚がない。でも、(復帰場所の)高知の時よりは全然いいし。できることからやっていくしかない」
 あのスーパーダッシュをもう一度。河端の弾けるようなスマイルとともに、その時を待ちたい。

2022年3月31日 更新

競技との差異を縮めていく

河端 朋之

河端 朋之

 純粋な脚力はS級トップと対等、もしくはそれ以上と言っても過言ではないかもしれない。2012年全プロ・スプリントの初優勝から毎年、上位争いをしており、ナショナルチームでの活躍もそれを証明している。だが、本業の競輪になるとそのギャップは顕著だ。今でこそS級の地位にいるが、下積み時代のA級でも末を欠く場面もあったほど。
 「もともと競輪の練習が少ないのもあるけど。競技の自転車は軽いから踏んだ分だけ前に進むけど、競輪は重くてなかなか。それだけではないけど、違いが大きい。競技でやっていることが競輪に自然につながるようになりたいですね。(中川)誠一郎さんや(渡邉)一成さんは競輪も強いし、新田(祐大)君のように競輪でもゴリゴリ踏んで行ければいいけど」
 とはいうものの、2011年にナショナルチーム入りし、高度なトレーニングを積んでレベルアップ。一度はA級落ちを経験したが、今はS級に定着。また、デビューから7年かかったが、来期は初の1班に昇格する。競技はもちろん、本業の競輪にも効果をもたらしたのは確かだ。
 「初めてS級に上がったときは全くダメで、A級でもう一回勝ち方を覚えていって。競技とのギャップは小さくなってきてるし、以前に比べればだいぶマシになりましたね。少しずつですけど。前期は2つのバランスが取れて練習ができたので点数が取れました。誠一郎さんみたいに、年齢を重ねても脚力が上がっていくようなのが理想です」
 今年の親王牌で落車し、鎖骨と肋骨3本を骨折。さらに肺にも傷を負い「余計な時間を費やしてしまった」が、復帰した今は走りながら回復をはかる。そして、競技は来年のリオ五輪を最終目標とし、一方で本業も決しておろそかにしない。
 「オリンピック(出場)のポイントを取らないといけないし、競技が中心になるけど、競輪も手は抜けない。今は基本的な脚力を上げていって、それを競輪につなげていきたい」     (福田)

2019年1月18日 更新

ページトップへ