グランプリ初制覇で念願の賞金王
「本当に苦しい1年だったんでうれしいです」
怪我がつきまとう苦しい1年だった。3月ウィナーズカップを制したものの、5月の日本選手権を直前に控えた武雄記念で落車。8月のオールスターでは、フリーパスで準決に進めるはずだった3走目のシャイニングスター賞で落車の憂き目。鎖骨、肩甲骨骨折の大怪我を負った。5年連続5回目のグランプリ出場を決めたあとも、グランプリの大一番の前の別府記念で落車のアクシデント。それだけに多くのファンに迎えられたヒーローインタビューでは、涙が自然とこみ上げてきた。
「(今年は)怪我もあって本当にみなさんに迷惑を掛けたと思いますし、今後はみなさんに恩返しできるようにもっともっといい競走をしていきたいです」
レースは松浦悠士も予想した通り、北日本勢が主導権。スタートでのミスもあって、深谷知広に3番手を割り込まれたが、4、5番手で清水裕友とともにじっと待った。
「新山(響平)君がヤル気なのはわかっていたので、(清水とは)動かずに我慢しようって。ずっと我慢してました」
8番手から脇本雄太が仕掛けて、新山との踏み合い。一瞬の迷いが清水にあったのか、近畿勢への切り替えが遅れて深谷に反撃のチャンスを与えた。
「(近畿勢が)叩いたら(清水が)3番手にスイッチっていう感じだたんですけど、ちょっと新山君が突っ張るかもっていうのもあった。それで少し遅れたところを深谷さんに入られた。(清水が)もうちょっと早めに切り替えられたら、(清水と)ワンツーだったかもしれない。(清水が)浮いたのが見えたんで、ちょっと早いかなと思った。けど、優勝するにはあそこしかないと。それで切り替えさせてもらったんで、(清水)裕友には申し訳ない気持ちです」
最終2コーナー手前からまくった単騎の深谷にスイッチ。切り替えたからには、松浦の頭には優勝の二文字しかなかった。出切った脇本だが絶好調時のようなスピードがなく、深谷がグングンと差を縮めていった。
「深谷さんが近畿勢をとらえられるのかどうか。そこに託した。裕友から切り替えたあとは、深谷さんが近畿ラインをのみ込んでくれれば、自分にもチャンスがあると」
トップ9による一発勝負。それだけに紙一重でもあった。が、瞬時にはじき出したVロードが、松浦だけにははっきりと見えていた。深谷が近畿勢をとらえれ真っ先にゴールを駆け抜けるかに思われたのもつかの間、赤い勝負服の松浦がその外を突き抜けた。
「今回獲れなかったら、もう獲れないんじゃないかって思うところもありました。本当に苦しい1年だったので、最後は笑顔で終われてうれしいです」
今年はウィナーズカップ、サマーナイトフェスティバルで優勝も、G1のタイトルは、一昨年5月の日本選手権から遠ざかっている。
「(今後の目標として)やっぱり毎年、タイトルは欲しいです。今年は裕友が前で頑張ってくれたんで、今後は裕友の助けになれるように。まだまだ人間として未熟なので、これからもっと成長してみなさんに恩返しができるように頑張っていきたい」
グランプリチャンピオンジャージで迎える24年。自身が求める理想の域に“心技体”のすべてを極めていく。
深谷知広は、周回中で北日本勢の後ろの3番手。単騎3人のなかでは、一番前にポジションを取る。脇本が北日本勢をのみ込むと、深谷は5番手から最終2コーナー手前でまくって出る。古性をとらえてVかに思われたが、松浦のハンドル投げに2着。
「仕掛ける位置が良かった力不足。(周回中は前が)新山じゃなくても、なるべく前でと。単騎が後ろでかたまるのは良くないと。みんなが行きたい場所で、前にいられたのが良かった。最後は力負け。やれるレースはできたと思う。獲る力がなかった」
中国勢の後ろにいた眞杉匠は、切り替えた松浦にスムーズに付いていけず、最終バック過ぎに清水に締め込まれてからむ。清水を弾いてから、直線で猛襲も3着まで。
「初手は良かったけど、清水さんが降りてきたのがきいた。あれがなければもっといい勝負ができた。単騎なら単騎なりの走りをして、優勝を狙っていたんですけど。あそこで遅れなければ…、悔しいです」